社会というコミュニティの中で自分がいることを忘れてはいけない。

工房での出来事。

自分自分になりすぎて、

自分ができると思い込みすぎて

ルールに反する

あくまで

師匠のお店で師匠の教室であるにも関わらず

好き放題にやっていた。

それなら自分の家でやれ


本当にそのとおりである


コミュニティーに属する以上

ルールはつきもので

ルールの範囲内を逸脱して

自我を出すのは論外。

それなら一人でやりなさい


言うとおり。


これから

◯◯の寺阪ではなく、

寺阪司という人間として

社会のコミュニティで生きていかなければならない

発信していかなければならない


社会のコミニティ

正直、寺阪司という存在はどうでもよい存在である

その中で

モノ作りをしていく、

していきたいと志たのなら

モノ作りを通して、社会に役に立つものを発信していかなければならない

自分、自分、自分の好きなものを作っていればそれでいいというのは

ルールとかの問題ではなく、

「お好きにどうぞ」ってこと


モノ作りを通して、社会に貢献し、

その対価としてお金というものをもらい、

生活をしていくのであれば、


社会に適合する「モノ」でなければ、

誰にも見向きもされない。


社会にニーズがあるからこそ、

そのニーズに答えることによって、お金に換金される。

自分発信はお好きにどうぞ。

社会というコミュニティーに属し、

そこでご飯を食べていく限り、

当たり前のルールを守って当然で、

その中で、

ニーズに答えることが

社会の中での寺阪司である。


共同生活、共同で何かをする環境に身を置く機会があるのであれば、

そのコミュニティの中で何をすべきか、

何をしなけければならないのか。

その場所は何のためにあるのか、

十分理解しなければならない。



社会という

コミュニティに属する以上、

お客様のニーズの答えることが大前提に

寺阪司というモノ作り職人として

貢献していかなければならない。
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by tsukate3 | 2012-01-28 19:22


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